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自分を深く知るために(7) - 宗教心から信仰心へ [Ecclesia Catholica]

(2019日)

人は誰でも小宇宙を持っている
他人の小宇宙は完全に理解することはできない

「ひょっとして、そう見えているのかもしれない」

と想像することはできる。

自分の気持ちに声をかけ、内なる声を聴くとのこと、
毎日確認しているつもりなのですが、
できていないのやもしれません。




----memo

自分の気持ち は自分では分かっていない

人は日々成長し変化していく

実家ノンクリ 
 仏壇掃除日課

像の顔が変化するのだろう?
自分の心を見ているのだな と気づき楽しくなる

高校生の頃 全盲の尼 
薙刀クラブ 後 訪ね ボランティア活動

目が見えないことは不便だが不幸ではない
 心の目は自由に動き 多くの幸を見せてくれる

尼 あなたの心には何が見えていますか?
  私には仏様の慈悲が見えます

嬉しい衝撃

   教会との出会い 腹に落ちた

 神よ あなたは わたしを心にかけ
 わたしのすべてを知っておられる
 わたしが座るのも 立つのも知り
 遠くから わたしの思いを見通される
 歩む時も 休む時も見守り
 わたしの行いを すべて知っておられる
 わたしを包む あなたの英知は神秘に満ち
 あまりに深く 及びもつかない
 あなたは わたしのからだを造り
 母の胎内で わたしを形造られた
 わたしを造られた あなたのわざは不思議
 わたしは心から その偉大なわざをたたえる
 わたしがひそかに造られ
 母の胎内に生き始めた時から
 わたしの骨は あなたに数えられていた
 あなたの目は 私の行いに注がれ
 私のすべては あなたの書に記されている
 あなたの計らいは かぎりなく
 生涯 わたしはその中に生きる


宗教心が信仰心に切り替わった

人は誰でも小宇宙を持っている

自分を深くしるために そのとき感じている気持ちに声をかけ
内なる声を聴いていきましょう


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キリスト教のタブー [Shuzo Koita]

(2019日)

クリスチャンには本質的タブーは無いとのことでした。
偶像崇拝や姦淫、血を流すことはダメだが、当然でしょう。

道徳ですら2次的なものなのでしょう。
サラっと語られていますが、非常に示唆に富んだ回でした。




----memo

タブー
多くの場合 合理的説明はない

ナンセンスなものが多い

宗教 政治 野球

何も考えてない人が多い
人と違うことを恐れている


ガラテヤ5:1
あらゆる罪タブーから自由

クリス茶んに 本質的にタブーはない
全ては自由 許されている

位置外に よい 悪い ことが言えない

酒やたばこ 薬物 には興味がない 
  聖霊様はもっと満たして下さる

言行録 
1 偶像に供えた肉 霊的な不倫
2 淫らな行い 結婚外の全ての  神の神殿を穢してしまう
3 絞め殺した動物の肉と血 血は命 
   命は神に属するもの  
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「時を知った人」創世記18章16節から22節 [雲の柱・火の柱]

(2019日)

ソドムゴモラのような不品行の町でロトは生きなければならなかった。
はじめは50人の善人がいれば助けてくださいと祈っていたが、
しつこく10人と食い下がって神にお願いする。

闇の中で生きながらも神に祈ることで、
神さまの計画に用いて頂ける。

神さまは私たち無しでもご計画を進めることも可能だが、
祈ることで組み込んでくださるのでしょう。

血の呻きを聖霊様が拾ってくださるということなのでしょう。




----memo


教会時代の終わり
背教の時代

教会に外の価値観が入っている 闇の時代

が、同時に時を知っている人

場所場所で祭司である役割を果たす

時 カイロス 特別なことが起こる時 緊張感が伴う


20節 ソドムゴモラの叫び声 血が叫ぶ
  
 血は叫ぶ アベルの血も叫んでいた

 現在の血 戦争 自殺 堕胎 かつてよりも大

ロトに義人 闇の中で生きざるを得ないロト

ニューヨーク 破水後でも母の意思で可
   医師でなくても可
  
呻きを 聖霊がとってかわってくれる
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聖なる伝統 - 聖師父たちの言葉 - 正教会の手引 [Ορθόδοξη Εκκλησία]

(2017日)


第1章が本日で終了いたしました。
私がサモ手抜きのように短い動画を喜んでいるかに見えかねませんが、
(そういう時もあります)
視聴している動画を全て紹介している訳ではありません。
神さまとの関係では、2分にも満たない映像で
「ちゃんと勉強したよ」と小学生が言いそうなセリフなぞ言えません。



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【本の旅】野生のキリスト教 福田 充男2019-04-05 [502] [CGNTV]

(2019日)

水族館型教会は面白い表現でした。
餌を与えられているのでサメが小魚を襲わないということでした。
勉強になりました。

が、私は軽蔑されがちな草食系男子でありまして、
野性的なフェロモンは皆無でしょう。

天内外のバランスが悪いのでしょうね。
健全な社会人向けなのでしょう。


hon.jpg
CGNTV【本の旅】野生のキリスト教 福田 充男2019-04-05 [502]

----memo

経緯

過保護は 持ち味 賜物 埋もれてしまう
ペテロだけ妻帯 
はやく宣教の場へ

飼い慣らされた子羊

19 天からダウンロード 信じれば天国へ

Bonton 良き訪れ 福音 人が生かされる場
不動産管理

天外内トレーニング
 人生は関係で決まる
天 神との関係
外 未信者   
内 自分 クリ

改心してすぐの人たちに 神さまと会話しはじめる


日本の文化と福音の接触点
 
 聖書のイエス様はまず船に

水族館型教会
 サメは餌を与えられているので 小魚を襲わない
 本能を発揮しない

 先生の話を聞くだけで 怠けてしまう

---
伝道者に依存して 次のプランニングではなく
       自分が

インフルエンザ


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「人にすてられて」 聖歌 719番(新聖歌380番) [聖歌・讃美歌等]

作詞 中田重治 1930
作曲 中田羽後 1930

中田父子の作品
ロバの骨を、主はお使いになる。

私は胸にきますね。


http://sanbika.net/The_jaw_bone_of_an_ass.html




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⑤ 他派の教会 - 第一章 正教会の歴史 - 正教会の手引 [Ορθόδοξη Εκκλησία]

(2017日)

教派の違いの再確認でした。
発酵パンを用いるが、楽器は使わない、妻帯は可で、
十字の切り方、聖堂の建て方、美術に対する姿勢が違うそうだ。

こういう違いは、人間にとっては大きいのでしょうが、
神さまにとってはバラエティーに富んでる方が楽しいのかもしれません。

賛美に楽器を使い始めたのはダビデだったが、
神さまはダビデを愛された。
私は正教会のアカペラは好きですね。




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カトリックの教え(24) - 後の世 [Ecclesia Catholica]

(2012日)

ハヤット神父は先に亡くなられた両親との再会を望まれていた。
もちろん、天国にて再会されているでしょう。

今日でハヤット神父の映像が最後となりました。
私も、天国にて神父と出会い祝福して貰いたいですね。

理解できないところも一部ありましたが、
魂に穢れは全くなく、日本に福音を伝え続けられたこと
敬意を表したいと思います。




----memo

後の世

人は肉体と霊魂 霊魂は肉体の源
 霊魂は死ぬことはできない 腐敗もない

永遠に生きながらえる
 神さまのは永遠の幸せに満ちている

地獄は憎しみ苦しみに満ちている

煉獄は苦しみのところではあるが、
 永遠ではない 神さまを愛しているが罪の穢れはある
 清められてから天国に行く

2つの審判 私審判 
世の終わりには公審判 煉獄はなくなる

イエス様はすべてを集めて審判

羊飼いは羊とヤギを同時に育てる
 
が、イエス様は分けて、


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④ 日本正教会 - 第一章 正教会の歴史 - 正教会の手引 [Ορθόδοξη Εκκλησία]

(2017日)

聖二コライが文久元年(1861)函館に到着した。
そこからだった。
新島襄も元治元年(1864)に密出国するが、ニコライを訪れている。
大井憲太郎は明治元年に受洗していた。
明治5年に東京での伝道を開始前であれ、存在感があったようだ。

ニコライによる祈祷書や聖書の和訳で文語体で
それが現在でも使われているようだ。

ロシア革命や関東大震災と、苦難の歴史が続き敗戦となった。
昭和45年、経済的に自立しているものの
完全独立ではない自治教会になったようだ。



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自分を深く知るために(6) - 正直な私を聴く [Ecclesia Catholica]

(2019日)

受容線を理性で下げる操作はお勧めしないとのことでした。
「えっ」という驚きでした。

私は多様性と寛容は大事だと思っていますが、
原理的には「完全なる多様性」「完全なる寛容」なぞ不可能でもあることは承知しています。

理性を横に置いて自分に正直であることが「真実な私」に出会うこととなる。
「建前の私」で蓋をすることは精神的に良くないし、
外れた時に振った炭酸飲料水の如く、周囲に迷惑かけることになる。

確かに、私は、理性的に振舞おうと心がけていますが、、
外に出さなくとも、自分に正直であることは必要なのでしょう。





----memo

受容線の捉え方

 人間性の誠実性
  相手としっかりと向き合いたいと誰でも思っている

 嫌なのは相手の言葉仕草だけ 人格ではない

私たちは日々変化していく
 環境 相手との関係

 自分の気持ちに正直になることは
 わがままではない 行動の四角形に整理する
 
 自分の人格に結び付けない 
  そのときの自分を受け入れる
   謙虚さがいる

 受容線を下げることはお勧めしない
  理性で操作は 自分に蓋をすることになる

 押さえられると不完全燃焼 発酵して 爆発

 理性は大事ですが、横に置いて自分に正直に
 
「真実の私」に出会っていく 「建前の私」を横に
 
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