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自分を深く知るために(8) - 自分の気持に共感する [Ecclesia Catholica]

(2019日)

自己問答ではあるが、自分の名前で語りかけ問うようだ。
自分の気持ちに気づくのが私は遅いのでしょう。
名前で呼んで客観視することが本当の気持ちが浮かびやすいのでしょう。

それが理性と感性の握手で内外一致となり自己肯定感となる。
矛盾と不調和を共存させている感覚がなくなり、
晴れ晴れした気分で自己肯定感を抱きたいものです。




----memo

自分に聞く 寄り添い方

まず「受容行動」
 自分を他人として名前で呼んで声をかけてあげる
  「   嬉しかったのね」

 嬉しいの後ろにある幸せ、安心の気持ちに気づく


非受容行動 嫌なこと 自分に聞いてみる

こうして自分の気持ちに気づいていく
 「共感的聞き方」

「命から聴く共感的聞き方」

理性と感性が握手 内外一致の自分を実感するようになる
自己肯定感を積み上げていく Iam OK

 
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自分を深く知るために(7) - 宗教心から信仰心へ [Ecclesia Catholica]

(2019日)

人は誰でも小宇宙を持っている
他人の小宇宙は完全に理解することはできない

「ひょっとして、そう見えているのかもしれない」

と想像することはできる。

自分の気持ちに声をかけ、内なる声を聴くとのこと、
毎日確認しているつもりなのですが、
できていないのやもしれません。




----memo

自分の気持ち は自分では分かっていない

人は日々成長し変化していく

実家ノンクリ 
 仏壇掃除日課

像の顔が変化するのだろう?
自分の心を見ているのだな と気づき楽しくなる

高校生の頃 全盲の尼 
薙刀クラブ 後 訪ね ボランティア活動

目が見えないことは不便だが不幸ではない
 心の目は自由に動き 多くの幸を見せてくれる

尼 あなたの心には何が見えていますか?
  私には仏様の慈悲が見えます

嬉しい衝撃

   教会との出会い 腹に落ちた

 神よ あなたは わたしを心にかけ
 わたしのすべてを知っておられる
 わたしが座るのも 立つのも知り
 遠くから わたしの思いを見通される
 歩む時も 休む時も見守り
 わたしの行いを すべて知っておられる
 わたしを包む あなたの英知は神秘に満ち
 あまりに深く 及びもつかない
 あなたは わたしのからだを造り
 母の胎内で わたしを形造られた
 わたしを造られた あなたのわざは不思議
 わたしは心から その偉大なわざをたたえる
 わたしがひそかに造られ
 母の胎内に生き始めた時から
 わたしの骨は あなたに数えられていた
 あなたの目は 私の行いに注がれ
 私のすべては あなたの書に記されている
 あなたの計らいは かぎりなく
 生涯 わたしはその中に生きる


宗教心が信仰心に切り替わった

人は誰でも小宇宙を持っている

自分を深くしるために そのとき感じている気持ちに声をかけ
内なる声を聴いていきましょう


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カトリックの教え(24) - 後の世 [Ecclesia Catholica]

(2012日)

ハヤット神父は先に亡くなられた両親との再会を望まれていた。
もちろん、天国にて再会されているでしょう。

今日でハヤット神父の映像が最後となりました。
私も、天国にて神父と出会い祝福して貰いたいですね。

理解できないところも一部ありましたが、
魂に穢れは全くなく、日本に福音を伝え続けられたこと
敬意を表したいと思います。




----memo

後の世

人は肉体と霊魂 霊魂は肉体の源
 霊魂は死ぬことはできない 腐敗もない

永遠に生きながらえる
 神さまのは永遠の幸せに満ちている

地獄は憎しみ苦しみに満ちている

煉獄は苦しみのところではあるが、
 永遠ではない 神さまを愛しているが罪の穢れはある
 清められてから天国に行く

2つの審判 私審判 
世の終わりには公審判 煉獄はなくなる

イエス様はすべてを集めて審判

羊飼いは羊とヤギを同時に育てる
 
が、イエス様は分けて、


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自分を深く知るために(6) - 正直な私を聴く [Ecclesia Catholica]

(2019日)

受容線を理性で下げる操作はお勧めしないとのことでした。
「えっ」という驚きでした。

私は多様性と寛容は大事だと思っていますが、
原理的には「完全なる多様性」「完全なる寛容」なぞ不可能でもあることは承知しています。

理性を横に置いて自分に正直であることが「真実な私」に出会うこととなる。
「建前の私」で蓋をすることは精神的に良くないし、
外れた時に振った炭酸飲料水の如く、周囲に迷惑かけることになる。

確かに、私は、理性的に振舞おうと心がけていますが、、
外に出さなくとも、自分に正直であることは必要なのでしょう。





----memo

受容線の捉え方

 人間性の誠実性
  相手としっかりと向き合いたいと誰でも思っている

 嫌なのは相手の言葉仕草だけ 人格ではない

私たちは日々変化していく
 環境 相手との関係

 自分の気持ちに正直になることは
 わがままではない 行動の四角形に整理する
 
 自分の人格に結び付けない 
  そのときの自分を受け入れる
   謙虚さがいる

 受容線を下げることはお勧めしない
  理性で操作は 自分に蓋をすることになる

 押さえられると不完全燃焼 発酵して 爆発

 理性は大事ですが、横に置いて自分に正直に
 
「真実の私」に出会っていく 「建前の私」を横に
 
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カトリックの教え(23) - 幸福の法則 [Ecclesia Catholica]

(2012日)

大きな罪は成聖の恩恵を失い、精神的に完全に神さまから離れるそうだ。
すると、天国に入れないとなる。

しかし、罪の許しを得れば、成聖の恩恵を受けることができるそうだ。

では、故意犯だが、罪の許しを何度も願えば許されるのかとなる。

口先の罪の許しの願いを神さまが許されるはずはない。


が、大きな罪を犯すも心底、悔い改めた場合、
神さまは許され、天国へ入ることができるのでしょう。
しかし、現実世界では、その罪による罰や社会的制裁で風当たりは、
なかなか収まらないのでしょう。




----memo

モーセの十戒

善い行いをすべき できるだけ

天国に入る資格を得る

善い事をする み旨にかなう
大きな罪は成聖の恩恵を失う
 精神的に完全に神さまから離れる

罪の許しで新たに 成聖の恩恵を得る

1 何よりも大切なのは良心の声に従う
2 イエス様や教会の教えを守る
3 モーセの十戒を守る で 愛の掟を守ることができる
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自分を深く知るために(5) - We are OK!! [Ecclesia Catholica]

(2019日)

行動の四角形に入れていくことで、
自分の気持ちを知り、安心や覚悟が湧き上がるとのことでした。

自分が神さまから祝福を受けた尊い存在だと捉える。
また他者も尊い存在と捉えることが、「命の対等観」なのでしょう。

「相手の人格を決めつけない」

簡単に断定してはいけませんね。
自分へ戒めたいと思います。




----memo

行動の四角形

反応しているのは相手の人格ではない

自分の気持ちを知ることは、
安心や覚悟が湧き上がってくる


行動とは、相手の言葉や仕草
   性格や態度ではない

雑とは状態なので行動ではない

言葉や仕草の概念は習慣や価値観によってとらえ方が異なる

相手の人格を決めつけない

整理を通して自分の気持ちに気づいていく
 正直な自分に聞き 落ち着き 自分を大事に生きることに通じる

心の軸足を固めていくと楽になる

神さまによって祝福を受けた存在 命の持ち主

尊い存在  互いにOK 平安へ

命の対等観
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カトリックの教え(22) - 愛の掟 [Ecclesia Catholica]

(2012日)

「救い」は信仰を受け入れた段階で罪が許されはするが、
その後には「行い」が必要とのことでした。

行いによって愛を示すことであり、
善きサマリア人であれ、とのことでした。

クリスチャンになった後の罪は、どんな罪でも許されるというのは、理解できないですね。
不作為も罪でしょう。
やはり、「行い」で天国ポイントの加算となるのやもしれません。





----memo

祈りだけでは神の国に入れない

行いによって 愛を示さなければならない

「主よ主よ」と言う者が必ず天の国に入れる訳ではない

主のみ旨を行うこと

愛の掟
 神さまを愛すること 人を愛すること

良きサマリア人

 連れて行った宿が今も残っている

「行いによって救われる」


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自分を深く知るために(4) - 自分の気持ちと向き合う [Ecclesia Catholica]

(2019日)

良いお話を聞くことができました。

受容非受容の境界線である受容線は、移動する。
①相手②環境③自分自身

それは、相手の人格や自分の人格とは関係ないとのことでした。

「嫌だ」という非受容の感情を抱いた場合、
相手の人格の問題と捉えがちですが、
ここは一歩引いて、3要素のどれか確認してみるべきだとなる。

習慣にしたいですね。



-----memo

「自分の気持ち」

感情2つ
「嫌でない」
「嫌だ」

行動の四角形

-----
受容領域

---受容線---

非受容領域
-----


相手の人格に反応しているわけでない
  相手の言葉や仕草で動く

多い方で 嫌な人 良い人

受容線は動いている 生きているので 流動的
 受容線が動く3要素
   相手 環境 自分自身
 
 ソファーで横になって本を読む
   友人がきてたら だめ  環境によって

 自分に余裕があるか 忙しいかなどで、受容非受容が異なる

その時の気持ちを確かめる
  受容線を確認する
  その上で 「今疲れているから、聞ける自信がないの」
 

 「互いの命」を活かし合ってまいりましょう
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カトリックの教え(21) - 主の祈り [Ecclesia Catholica]

(2012日)

2014年3月中旬頃から諸教会に通いだし、「主の祈り」を知る。
それまでは、どんな祈り方でも形式はどうでもいい問題と思っていた。

そうではなかった。
訳により微妙に違うが、美しい構成となっている。
2000年続いているというのは素晴らしい。

この「主の祈り」抜きで神に繋がるというのは、
キリスト教ではあり得ないでしょう。




----memo

主の祈り 山上の説教

挨拶をもって始まる
意味深い挨拶

神を恐ろしい方でなく 父として挨拶

父 アパ 小さい子どもが使う

私たちの父よ
   人々は兄弟

天国へ行って幸せでなく 天国が来るように

前半 霊的なこと
後半 世俗的

  今日のかて 食べ物だけでなく
          必要なもの全て

 罪のこと
   私たちの負い目を許してください
  互いに許すこと 私たちに負い目のある者を許します

 
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自分を深く知るために(3) - 願いは人生の道しるべ [Ecclesia Catholica]

(2019日)

「この状態にも尊い意味があると」

という境地にはまだなりきれません。

が、Foot Print の状態は、
ここ数年の出来事では、「そうなのかなぁ」と思います。

常時、いてくださるという感覚ではなく、
時々、誘導してくださる方が近いでしょう。

渦中にいる時は、できることをして待つこと。
そういう日々ですね。




----memo

新年 今を生きること
今日一日 健康で 毎日

修道生活後 筋肉低下
大学 テニスなど 社会人 孝女会3年 35 

この状態にも尊い意味があると
足るを知る

不思議と 信頼感 安心感

命への脱皮 神様の中で生かされている

身体の元気 心の元気も大切
ありがたい と感じている

河野進 詩人
病まなければ・・・

そこにこめられている尊い意味
 命が新に活かされていく

渦中にいるときは わからない 見えない
 できることをしながら 待つこと

Foot Print



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