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「目の前にある“現実”」ヨナ書2章7節8節 [雲の柱・火の柱]

(2018日)

目の前の”現実”があろうが、私たちには永遠の世界の現実もあり、
神さまと繋がることでこの世の中で正しい方向に生きていける。

ヨナは確信犯で反逆し、苦難が与えられ、
当初の目的を果たすよう誘導された。

神の意思を確信したなら、本意でなかったとしても、
切り替えて主体的に実行すべきということでした。






----memo

神さまの選びに 私たちが応答 自由意志

多くの失敗例があるにもかかわらず 神と繋がっている

ヨナ はじめから知っていながら反逆 悔い改め

偶像に心を留める者は恵を失う

自分の肉的な願いなどの偶像にしがみつく

ニネベ アッシリアの に行け 
ヨナは反対側へ行った
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「時を知った人」創世記18章16節から22節 [雲の柱・火の柱]

(2019日)

ソドムゴモラのような不品行の町でロトは生きなければならなかった。
はじめは50人の善人がいれば助けてくださいと祈っていたが、
しつこく10人と食い下がって神にお願いする。

闇の中で生きながらも神に祈ることで、
神さまの計画に用いて頂ける。

神さまは私たち無しでもご計画を進めることも可能だが、
祈ることで組み込んでくださるのでしょう。

血の呻きを聖霊様が拾ってくださるということなのでしょう。




----memo


教会時代の終わり
背教の時代

教会に外の価値観が入っている 闇の時代

が、同時に時を知っている人

場所場所で祭司である役割を果たす

時 カイロス 特別なことが起こる時 緊張感が伴う


20節 ソドムゴモラの叫び声 血が叫ぶ
  
 血は叫ぶ アベルの血も叫んでいた

 現在の血 戦争 自殺 堕胎 かつてよりも大

ロトに義人 闇の中で生きざるを得ないロト

ニューヨーク 破水後でも母の意思で可
   医師でなくても可
  
呻きを 聖霊がとってかわってくれる
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「戸を閉めて祈る」マタイ6章5節から8節 [雲の柱・火の柱]

(2016日)

聖霊様は自分の内側に宿ってくださるが、
神さまは空の上の方にいるとイメージしますね。
位格の違いなので、どちらに祈ろうが同じなのでしょう。

「偽善者の祈り」を他人に見てしまうこともありますが、
芝居ががってますから、引きますね。




----memo

祈りの姿勢と携挙

偽善者の祈り 

奥まった部屋で祈る 隠れた所に

祈りを繰り返すな

神さまの人格と自分の人格が交わるために祈る

人を見て祈っている
同じことを繰り返す 呪文やマントラ 念力

奥まった部屋に入りなさい 秘密の小部屋を意味する
 内側の部屋 窓や廊下側でなく 内側 
 心の内側ともなる
 
 扉 あなたの扉を閉める 自分で閉める

ルカ 扉を閉めないと心が沈ませられる

 
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「神が見るように見、祝福を受けよ」創世記13章8節から18節 3/3 [雲の柱・火の柱]

(2003日)

肉で語っているのではなく、
聖霊様が働きかけているので、
マシンガンのようではあるが流れるように話されるのでしょう。

これが徹夜礼拝なのかと映像はなくても熱気が伝わってきました。
この熱量は初めてでしたので感激でした。
21世紀日本に、この時空間が存在した。

16年後に私は知ることができました。
素晴らしいですね。



----memo

アブラハム
心の目で荒野を見た
   普通はここで死ぬのかと思っても

約束が内側に留まっている時、望むものは与えられる

信仰について いちじくの実
 呪って枯らした

無いところから光を造った

神はこの世を愛して下さった。
 この世 不法がはびこる世 
     主の目に高価で貴い
  私たちは清くないのに 
   

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「神が見るように見、祝福を受けよ」創世記13章8節から18節 その2/3 [雲の柱・火の柱]

(2003日)

盲人の目をイエス様は見えるようにされた。

神さまは願いを分かっておられるが、
盲人に願いが何であるか聞かれる。

神さまは人格をもっておられ、交わりを求められる。
自動販売機ではない、とのことでした。

そして、盲人が願いを述べると、

「あなたの信仰があなたを救った」とされた。


私たちの願いは、この盲人の如くでなければならない、
ということを語って頂きました。

神さまは願い事をかなえてくれる存在ではなく、
成長させてくれる存在など、
神の全知全能を否定する人を惑わす言説もありましたが、

今回、自動販売機でなく、人格をもっておられ交わりを求められる
存在であることを力強く語って頂き感激いたしました。

私たちが、自分のことであれ家族のことであれ、真に願う時、かなえられる。
かなえられなくとも、違う形で報いて下さる。

小賢しい言説で惑わそうと念を送ってくる者もいますが、
毎日、イエス・キリストに帰ることで悪霊を排していきたいと確認いたしました。

ありがとうございます。




----memo

アブラハムのように信仰の目
全盲の故、信仰の目


ダビデの子イエスよ 私を憐れんでください

周囲は黙らせようとした



黙らせようとした者
 「安心しなさい」=「喜べ」=「しっかりしろ」原語では

50節 躍り上がって 上着を脱ぎ捨て
         上着は盲人用

神さまは分かっていても聞かれる
 交わりを求められている 自動販売機ではない

目が見えるようになることです。

あなたの信仰があなたを救った


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「神が見るように見、祝福を受けよ」創世記13章8節から18節 その1/3 [雲の柱・火の柱]

(2003日)

心の目、信仰の目で見ているものを、説明するのは難しい。通じない。
昔のことを思い出しました。

ある牧師には、「梅田さん、精神科の診断受けたことありますか?」とまで言われた。

以前に↓にも書いたが
https://vbc-p.blog.so-net.ne.jp/2017-12-29

これを日本基督教団全体の体質にすべき問題とは捉えていない。
有名先生に何度も足を運んでもらって親を説得してくれて「就職」したようだが、
社会人にならずに信徒の多い教会に配置され、甘やかされ恵まれてしまった稀有な例なのでしょう。

指摘され、「すみませんでした。」と一言言えば済む問題もウヤムヤに誤魔化し、
上から目線で乗り切ろうとするところに、「心の目」「信仰の目」は無かった。


話が、脱線しましたが、「心の目」「信仰の目」というのは、
大切だが、説明するのは難しく、理解されがたい。
「信仰の目」をもって「縦横」に歩くのも簡単ではありませんね。





---memo

ロト 目でみると ソドムゴモラを すみずみまで潤っていた
アブラハムに アイーン 肉の目の他に心の目の意もある

ソドムゴモラに巻き込まれ 妻まで失った

約束 
御子さえ与えて下さった神が、
信仰の目をもって縦横に歩め

神の約束を手に受ける


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1024「今日も主イエスと出会う」ルカ19章1節~19節 [雲の柱・火の柱]

(2011日)

ローマ帝国の取税人の家にイエス様は行かれた。
ザアカイは喜んだが、他の者は怪訝となる。

イエス様が罪びとを救うことが目的だった。
職業差別はなされなかった。

この罪人への救いがどれほど後世の人に救いをもたらしたか
イエス様は私を救ってくださるために十字架にかかられた。
ということでした。




----memo

ザアカイ 背が低い
取税人

私たちにできること
神に近づく イエスと出会う


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「自分で調べる時代」 [雲の柱・火の柱]

(2015日)

「自分で調べる時代」とのことで、何を調べるのか知りたくなったが、
唐突に3年半前の動画を見てもよく分からなかった。

人名らしきカタカナが登場するが、
ようやくキリスト教初心者を脱し中級者を歩み出したかなと思いきや、
まさに「自分で調べろ」とのごとく、話が進行した。

まぁ、そのうち分かってくるだろうと、楽観視することにしましょう。




----memo

928に?
携挙があって大患難

総括

ジョナサン
ワークビルツ

???

シュミットサイクル


艱難前携挙

まず携挙 反キリスト ダニエル70週の大患難

祈りは地上でする
 天では無理


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「行いと労苦と忍耐と初めの愛」黙示録2章1節から7節 [雲の柱・火の柱]

(2019日)

世俗のことにも目を向けがちですが、
毎日必ずイエスキリストに向かわないと、
目を奪われてしまうのでしょう。

また、たとえ神学の知識、行動力があり忍耐もしようが、
はじめの愛がなければならない。

他人の愛の欠如に気づくことは容易だが、
自分はどうなのだということでもある。

一旦、キリスト者になろうが、燭台を取り外されること、
内に宿る聖霊様を取り除かれることもあるとのことだ。
シャレにならない事態となることを意味するのでしょう。



----memo

偽物でなく本物を注目

偽使徒を見抜いた人たち
が、初めの愛が欠けていたのでイエス様の叱責

初めの愛を行動の基準にすべき

いつもいつもさらにますます イエス様に

7つの教会のはじめのエペソの教会
7つの時代の区分

ニコライ 異端 
信徒支配の組織 階級化

あなたの燭台を取り外す 聖霊を意味する

はじめの愛がなければ、行い労苦や忍耐全てが無駄

救いと報いは違う

現在、自由意志を働かせる 1秒1秒捧げる

偽物でなくキリストに目を向ける これが愛
行動の基準

まずキリストに自分の心を捧げ 


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「霊的な目で見たキリスト者」第二列王記6章13節から17節 [雲の柱・火の柱]

(2012日)

いわれのない困難があったとき、王たる祭司として祈る。
エリシャがアラム王の軍勢を祈ることで欺いた。
が、軍事的勝利ではなく、平和的に話をすすめた。

たった1人のキリスト者であったとしても、
神の軍団の一員であるとされた。
聞いたことのないフレーズでしたが、
かなり大事なところでしょう。




----memo

南北分裂直後の

北の預言者エリシャ 
アラムの王様怒ってエリシャを捕まえようと軍隊をだす

エリシャの従僕が目を開かれると
神の軍勢が多くいた

神に祈って、目をくらませて首都に連れてくる
北の王はやっつけよう が、エリシャは平和の内に

それ以降、争いはなくなった

神の国の大勝利

たった1人のキリスト者でも大軍勢

キリスト者1人1人に天使がついている

パウロは「み使いにも人々にも見世物になった。」と言った。
が、


いわれの無い困難がきた場合
 その時こそ 王である祭司として役目を果たす 祈る

神の軍団の一員
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