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第8章 1-38 恥じる者 [マルコ伝]

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If anyone is ashamed of me and my words in this adulterous and sinful generation, the Son of Man will be ashamed of him when he comes in his Father's glory with the holy angels."
神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。」
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私を含め日本人の多くは、家に仏壇があっての出生がデフォルトだろう。
だから、自称仏教徒をも理解できる。
自称というのは単に家のシキタリを引き継いできたのだろうという意味である。
それはそれでも立派な人もいるということも理解できる。

私が解せないのが、ミッション系スクールに通ったものの
自然崇拝で反リベラルなケースが理解できない。いいのですが落ち着きがない。

弟子がイエスのワザを見て、「Who is this?」と言ったが、そんな感じだ。
日本語訳では、「いったい、この方はどなたなのだろう」らしいが、
むろん、そうではない。
「何やねん。こいつ?」ではある。

まぁ、仏壇神棚に拝む習慣もないため、落ち着きが無いのだろう。
だから状況依存的な言説になる。
38節そのものだが、もはや本人の感性には響かなくなっているのだろう。

黒埼の註解そのものだろう。
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註解: この世において今の時代に、その不義と罪悪との生活に調子を合せていくことは極めて容易であり、反対に主イエスを信じその御言を守る者はこの世の人々より偏屈、固陋、潔癖として排斥せられ辱めらるる運命に置かれている。それ故に極めて強き決心をもってイエスに従うにあらざれば、人はこの侮辱にたえることができない。イエスすらこの辱しめを受け給うた。況してその弟子をや。この侮辱にたえ得ずして福音を恥とする者は(ロマ1:16)、世の終りにおいてイエスが世を審(さば)かんがために再び来り給う時、イエスは彼を見ることを恥とし給うであろう。
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