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【3分でわかる聖書】 シリーズ [映像]

2週間位前から見はじめました。
週に1本、公開されているようです。

今日現在127本ありますが、今朝で91本となりました。

1回3分程度ですので、分かりやすいですね。

理解できかったのが1か所あったのですが、
何だったか覚えていないので、小さなことでしょう。


私にとって、知識・考え方が整理できた血肉の動画です。



第8章 1-16 太陽を拝む [エゼキエル書]

エゼキエルは神様に幻で連れていかれて、イスラエルの異教への傾倒を見せられた。

16
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He brought me into the inner court of Yahweh's house; and see, at the door of Yahweh's temple, between the porch and the altar, were about twenty-five men, with their backs toward Yahweh's temple, and their faces toward the east; and they were worshipping the sun toward the east.
彼はまたわたしを連れて、主の家の内庭にはいった。見よ、主の宮の入口に、廊と祭壇との間に二十五人ばかりの人が、主の宮にその背中を向け、顔を東に向け、東に向かって太陽を拝んでいた。
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太陽を拝んでいた。
日本では太陽と月を「日月両神様」と言う某宗教もある。
太陽を拝んでいる訳ではなかったのですが。

その人たちは決して悪い人ではなかったのだが、
イエスは存在しなかったと話がかみ合わなかった。
まぁ、いろいろありますね。

聖書で、太陽を拝む箇所ははじめてなので、うれしかったですね。

第7章 1-27 亡国の民 [エゼキエル書]


神の罰は、王も司も民にも及ぶ。全体が神から離れたためで、
個々人は個々人の行いによって扱いに濃淡があるようだが、
全体として滅ぶので、比較的良い者でも厳しい環境であることは間違いないでしょう。

27
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The king shall mourn, and the prince shall be clothed with desolation, and the hands of the people of the land shall be troubled: I will do to them after their way, and according to their own judgments will I judge them; and they shall know that I am Yahweh.
王は悲しみ、つかさは望みを失い、その地の民の手はおののきによってこわばる。わたしは彼らの行いに従って彼らをあつかい、そのさばきに従って彼らをさばく。そして彼らはわたしが主であることを知るようになる」。
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そして、目先の異教の香や祭壇を拝んでも、どうにもならず、
主を知ることになるまでボロボロとなるのでしょう。

第6章 1-14 異教の祭壇を壊す [エゼキエル書]

聖書では異教の祭壇を壊してよい。

6
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n all your dwelling places the cities shall be laid waste, and the high places shall be desolate; that your altars may be laid waste and made desolate, and your idols may be broken and cease, and your incense altars may be cut down, and your works may be abolished.
すべてあなたがたの住む所で町々は滅ぼされ、高き所は荒される。こうしてあなたがたの祭壇はこわし荒され、あなたがたの偶像は砕かれて滅び、あなたがたの香の祭壇は倒され、あなたがたのわざは消し去られる。
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もちろん現代ではしないが、原理的にはかまわないと思っている。
が、ある日本人で多神教を是とし一神教を否定する人間が、
ユダヤ人の友人がいると自慢げな発言だった。
まぁ、いろいろな人がいるのでしょう。

第5章 1-17  聖所を汚す [エゼキエル書]


11
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Therefore as I live, says the Lord Yahweh, surely, because you have defiled my sanctuary with all your detestable things, and with all your abominations, therefore will I also diminish you; neither shall my eye spare, and I also will have no pity.
それゆえ、主なる神は言われる、わたしは生きている。あなたはその忌むべき物と、その憎むべき事とをもって、わたしの聖所を汚したので、わたしは必ずあなたの数を減らす。わたしの目はあなたを惜しみ見ず、またわたしはあなたをあわれまない。
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おそらく、異教の香なり像なりを聖所に持ち込んだりすることを指すのでしょう。
必ず罰が下る。

日曜礼拝へ正当な理由のない遅刻に対して、帰りに車が壊れる。

教会での食券(150円)の購入の呼びかけに対して正当な理由なく帰宅。
途中でスピード違反で15000円の反則金となる。

笑い話ではなく、正当な理由がなければ100倍の罰があると身に染みている。

ましてや、「汚す」ことは、死を覚悟すべきでしょう。

第4章 1-17 神の罰 [エゼキエル書]

イスラエルの罪は、死罪を逃れても、窮乏を与えられた。

17
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at they may want bread and water, and be dismayed one with another, and pine away in their iniquity.
これは彼らをパンと水とに乏しくし、互に驚いて顔を見合わせ、その罰のために衰えさせるためである。
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死罪の方が楽かもしれない。
窮乏で、衰えさせられもする。

恐ろしい罰を受けている中で、神に戻り、許しを請わなければならない。

神に悪態ついても事態は悪化するだけでしょう。

第3章 1-27 不作為犯も血で贖う [エゼキエル書]

エゼキエルは巻物を食べ、イスラエルの民に主の命を語るよう命じられた。
彼らは頑なで聞かない連中だが、きちんと言えと念を押されている。

18
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When I tell the wicked, You shall surely die; and you give him no warning, nor speak to warn the wicked from his wicked way, to save his life; the same wicked man shall die in his iniquity; but his blood will I require at your hand.
わたしが悪人に『あなたは必ず死ぬ』と言うとき、あなたは彼の命を救うために彼を戒めず、また悪人を戒めて、その悪い道から離れるように語らないなら、その悪人は自分の悪のために死ぬ。しかしその血をわたしはあなたの手から求める。
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18節では「悪人への戒め」20節では「義人への戒め」だった。

悪人に何も言わないことや、義人が罪を犯そうとする前に戒めること、
これらをしないことは「不作為」で、
神は「不作為」は罪とし、悪人たちと同罪で血を差し出さなければならなかった。

日本では不作為が横行するが、
聖書では明確に「血」を求められた。それが神の掟でしょう。

50年戦争 イスラエルとアラブ 最終回 共存への一歩 ~相互認知 そして逆風~ [映像]

(1998日英)1991年のマドリード会議はPLOを排除したので進展はなかった。
1992年の選挙で労働党政権となりラビンが首相となる。
翌93年にノルウェーでPLOと秘密交渉をする。
この動画はその詳細が残されている。
そしてオスロ合意となる。

アラファトをテロリストからパレスティナ大統領と事実上認めることで、
イスラエルは生存権を認めさせた。

翌年にラビンとアラファトが平和賞を獲得するが、
95年11月にラビンが和平反対派に「裏切り者」として暗殺される。

と、10行程度で書く事実の裏で多くの人間模様があったことが
記録された貴重な映像でした。
計6回5時間、私にとっては重厚でしたが、最低知識+毛なのかもしれません。

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現在のシリアにしろイスラエルにしろ、
1947年の国連パレスチナ分割決議、翌年の独立、第1次中東戦争から、
オスロ合意までの歴史をあまり知らずにニュースを見聞きしてましたが、表層的な理解でしたね。

今回、ほとんど覚えてなくとも、計5時間を釘付けになって観たということが
有意義だったと、信じたいですね。

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先日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-06-08

osuro.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=RlzxMN8ib9Q

第2章 1-10 巻物を与えられる [エゼキエル書]


9
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When I looked, behold, a hand was put forth to me; and, behold, a scroll of a book was therein;
この時わたしが見ると、見よ、わたしの方に伸べた手があった。また見よ、手の中に巻物があった。
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エゼキエルは幻で巻物を与えられた。
それはトーラーで、罪の結果により捕囚となった民を
再び神の民として回復させることを使命とされたようだ。

そのトーラーを食べるらしい。
こういう預言者はエゼキエルだけのようだ。

第1章 1-28 捕囚時代の預言者 [エゼキエル書]

エゼキエルは捕囚中の預言者のようだ。

3
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the word of Yahweh came expressly to Ezekiel the priest, the son of Buzi, in the land of the Chaldeans by the river Chebar; and the hand of Yahweh was there on him.
主の言葉がケバル川のほとり、カルデヤびとの地でブジの子祭司エゼキエルに臨み、主の手がその所で彼の上にあった。
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ということで、彼はペルシャから解放される預言を頂くのでしょう。

エレミヤは捕囚を見届けなければならなかったが、
エゼキエルは帰郷を見届けることができるのかもしれません。

まだ分かりませんが、預言者の中での幸不幸は幅が大きそうです。