So-net無料ブログ作成
検索選択

【3分でわかる聖書】 シリーズ [映像]

2週間位前から見はじめました。
週に1本、公開されているようです。

今日現在127本ありますが、今朝で91本となりました。

1回3分程度ですので、分かりやすいですね。

理解できかったのが1か所あったのですが、
何だったか覚えていないので、小さなことでしょう。


私にとって、知識・考え方が整理できた血肉の動画です。



50年戦争 イスラエルとアラブ 最終回 共存への一歩 ~相互認知 そして逆風~ [映像]

(1998日英)1991年のマドリード会議はPLOを排除したので進展はなかった。
1992年の選挙で労働党政権となりラビンが首相となる。
翌93年にノルウェーでPLOと秘密交渉をする。
この動画はその詳細が残されている。
そしてオスロ合意となる。

アラファトをテロリストからパレスティナ大統領と事実上認めることで、
イスラエルは生存権を認めさせた。

翌年にラビンとアラファトが平和賞を獲得するが、
95年11月にラビンが和平反対派に「裏切り者」として暗殺される。

と、10行程度で書く事実の裏で多くの人間模様があったことが
記録された貴重な映像でした。
計6回5時間、私にとっては重厚でしたが、最低知識+毛なのかもしれません。

----

現在のシリアにしろイスラエルにしろ、
1947年の国連パレスチナ分割決議、翌年の独立、第1次中東戦争から、
オスロ合意までの歴史をあまり知らずにニュースを見聞きしてましたが、表層的な理解でしたね。

今回、ほとんど覚えてなくとも、計5時間を釘付けになって観たということが
有意義だったと、信じたいですね。

----

先日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-06-08

osuro.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=RlzxMN8ib9Q

征服する世界史 中世ヨーロッパ編 ビザンツ帝国 [映像]

(2016日)youtube散策しているとこの動画が登場し、
14分と短かったので見ることにした。

「征服する世界史」というシリーズだそうだが、
今回、「ビザンツ帝国」で初だった。

覚えることが少なく、395年~1453年まで存在したこと、
全盛期、6世紀初めにユスティニアヌス大帝時代に
ハギア=ソフィア聖堂が作られたこと、
ヴァンダル王国と東ゴート王国を滅ぼした程度だそうだ。

センター試験レベルということだろうか。

受験勉強の動画に楽しいと思えました....(以下略)

----

このビザンツ帝国の聖歌が現在に伝わってるというのは感動そのものです。
1453年に滅び、モスクワ大公国イヴァン3世の妻にビザンツ皇帝の姪が嫁ぐ。
その伝統があるからこそ、GHQ占領下の日本正教会の小野府主教が
アメリカ正教会の指揮下に入るようGHQの指導があったのに対し
ソ連の弾圧下にあるロシア正教を離れることを拒んだのかもしれません。




----
先日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-05-20




ロシアはモンゴル帝国の継承者 [映像]

(1992日)NHKスペシャル「大モンゴル」の抜粋。全2時間半中の約12分。

ロシアに関する部分を抜粋している。↓は12世紀のモスクワの様子。
まだ木造だったようだ。

100程の教会があったが、モンゴル来襲後、イヴァン1世の活躍があり、皮肉にも町が発展し250程に増える。

3世の時に滅んだビザンツの皇帝の姪を妻にし、ローマ帝国の後継国家となった。
この時点で正教の本山があったコンスタンチノープルが失われたので、
ロシア正教が正教を継承していくに格別の強い責任感と誇りをもったようだ。

4世のツァーリである雷帝の頃の宮廷では、3分の1が蒙古の血だった。
彼は計画を実行して蒙古(ハン)の顔も持った。

抜粋ではあるが、ロシアの2つの顔を紹介した動画

----

話は飛ぶが、1956年10月19日「日ソ共同宣言」が出されるにあたり、
鳩山一朗や河野一郎が確かクレムリン大宮殿に入ったが、
河野は通訳無しで1人でフルシチョフと談判した。

河野が歴史的な権力の伏魔殿を日本人1人で歩いたことが
感慨深かったようだ。

私は↓の動画を見て鳩山や河野が浮かんだが、
彼らが涙したのが、舞台が歴史的なクレムリンだったことも1つあるのでしょう。

クリスチャンの鳩山が、ロシア正教を弾圧していたソ連・フルシチョフと交渉し、
「日ソ共同宣言」にて自分の仕事を完成させた。

抑留日本人を帰還させ、国連加盟を果たす。
領土は、別文書で継続交渉に含みをもたせる形で後世に託した。

上の鳩山や河野の話に限らず、何か別の話が頭にあれば、
この12分の動画も感慨深いと思います。

----
本日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-05-14

moscow.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=Ads1Mcw5k58

ナチ、悪魔教の秘密結社 [映像]

ナチス幹部も産み出した秘密結社があった。
1918年に「ブリル協会」が誕生する。秘密の儀式で乱交も含む組織だった。

ヒムラーが熱心だった。
自分の12歳の娘に収容所を見学させたりと、普通では考えにくい。

ドイツは地下資源に恵またワケではなかったので、
ナチスはブリルという神秘的エネルギーを本気で求めた。

秘密結社と言うが、2桁のグループなぞ、世界中に無数にあるだろう。
が、ここでは霊媒という聖書的にはマズイ職業人も含んでいる。
人種差別や性的快楽を含んだ組織に関わるとロクでもないことになるでしょう。

他の組織は名程度で、関係を掘り下げて調べるわけではない。
動画は、秘密結社初心者編という程度でしょうね。

----

ナチスがキリスト教をベースにしているという勘違いがあるが、
全く異なる。

秘密結社があり、幹部グループが交霊会に参加しているだのあるが、
死者と会話するなぞ聖書を読めば考えられない。
霊能者が霊言するのは、摂理に反しており、悪霊に遊ばれ消耗してしまうでしょう。

このブログで取り上げるには相応しくないでしょうが、
興味本位の死者との交流や性的快楽を求めるグループにはお気をつけください。

まぁ、このようなマイナーなブログの読者は、
倫理面でブレーキがかかるので、大丈夫でしょう。


----
先日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-05-02

akumasuhai.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=2L2WOPFGMNw

日本に於けるロシア正教会 [映像]

(2013日)16世紀からの日本における正教とのかかわりを概観する。

前半は聖ニコライの半生を主に扱う。
彼は25歳で来日、函館にあるロシア帝国領事館の付属礼拝堂の司祭に自ら志願した。

1861年に着任し1912年2月に亡くなる約50年間、寄付を集めるために2回ロシアに帰っただけで、日本に骨を埋めたと言ってよかった。
日露戦争時、ただ1人だけ日本に残る。

ロシア人捕虜約7万人のために福音書の装丁を自らの手で行った。
当時70弱だった。
明治45年2月、天皇より「恩賜」を賜った。

後半は、GHQ占領下の日本正教会が、ロシア正教会か、アメリカ正教会の指導下に入るかが争われることとなるが、当時の小野府主教はモスクワと一体となることを選んだ。

現在、ロシア正教会の庇護下である日本正教会の歴史を学ぶにマストなドキュメンタリー

制作:聖グリゴリー・ボゴスロフ慈善基金。
2013年に聖ニコライ100年を記念してキリル総主教が来日、
その映像とインタビューもなされている。

----

聖ニコライへの敬愛が日本正教会の存在と不可分で、
小野府主教がモスクワとの関係を重視したのも、
スターリン体制下のロシア正教会が壊滅的に破壊され、
ここでアメリカを選びたくなかったのかもしれません。
人脈的な観点以上に、深い情なのかなと思いました。
詳細は分かりませんが、簡単に分からないことでしょうね。

----
先日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-04-21


BS歴史館 シリーズ世直しの夢2▽武器よさらば!~戦国を終わらせた島原の乱~ [映像]

(2017日)島原の乱。16歳の天草四郎が最高指導者となる。
1612年、秀忠時代にキリスト教禁教令が出た。
ママコフ神父がマニラに追放される際、「25年後に16歳の天童が現れ・・・」
と預言したことだった。

四郎が25年も前の預言に合わせて担がれた訳ではないでしょう。
フランス100年戦争のジャンヌ・ダルク、
アイルランド独立運動のマイケルコリンズ
あるいは、ロシア帝国末期のラスプーチンのように神に能力が与えられる。
が皆、非業の死を与えられた。

幕府側は四郎だけを生け捕りにしたかったが、露見し殲滅することにした。

この乱が転機となり各大名は武断統治から「仁政」の文治統治に切り替えた。
圧政で一揆を起こさせたとして地元大名が前代未聞の斬首が与えられたからだ。

大量の血が流れなければ人間は理解できない生き物なのだろうかと思えてきますね。

----

この17世紀のキリスト教弾圧はカトリックで、プロテスタントのオランダは日本と組んで攻撃した。

20世紀の宗教弾圧はキリスト教ではプロテスタントの福音派が対象で、
不敬罪や治安維持法での検挙や、宗教団体法で教員免許はく奪された。

カトリックは神社参拝に「迎合」し無事だったようだ。

が、当時を生きていれば、それを「迎合」とは言わないだろう。


宗教に限らず、「迎合」か「生きる知恵」かを問われる局面に
人間は置かれる。

が、「迎合」であれ「生きる知恵」であれ、それを選択したものは、
選択しなかった者を「愚か者」「原理主義者」「過激主義」と罵りもする。


今回の動画は、気分重く、いろいろ考えさせられましたね。

----
本日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-04-16


2012 BSR 島原の乱1005 投稿者 okura1919ppp

BS歴史館  仏教伝来 ~古代日本の文明開化~ [映像]

(2013日)仏教伝来は「仏像伝来」だった。キンキラの像に驚いたワケで、
経典なぞは一部インテリしか興味がない。
「黒船来航」のような衝撃であり、「飛鳥寺」といった赤く高い建造物は、
GHQに進駐され驚いた洋式文化のような憧れの目で見ていたそうだ。

教科書的には、廃仏派物部氏 対 崇仏派蘇我氏 で半世紀争ったようだが、
渡来人の取り合いで仏教を利用した、という説を紹介している。

半島の方では百済・新羅・高句麗という勢力のバランスで、劣勢となった百済が、
日本と同盟関係を築きたいという思惑があり、仏教文化を輸出したようだ。
百済式の飛鳥寺から始まった日本の仏教文化は、日本で定着するも、
大陸では姿を消す。

はじめて仏像や仏教を目にした時の各人の反応を想像し語っている箇所は
「なるほど、そう見えたのか」と新鮮でした。

----

当時の仏教は、外交のツールでもあった。共通の思考体系を持つことは親近感もわく。
とはいうものの、輸出元で廃れ、日本では独特の発展の仕方をする。

その文化が現代では、外国観光客に繋がっている。
が、たかが観光客の問題ではなく、日本人の根本問題として「仏教伝来」の知識は不可欠なのでしょうね。

----
本日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-04-09


BSR 仏教伝来0819古代の文明開化2014 投稿者 okura1919ppp

ザ・プロファイラー ~夢と野望の人生~  “陸軍の異端児”の策謀と誤算~石原莞爾 [映像]

(2016日)いわゆる「15年戦争」の幕開けとして、1931年の満洲事変を扱う。

石原の起こした独断専行が、「下剋上」に火をつけ、日中戦争、敗戦となるという、
石原悪玉史観を楽しませる企画。

1933年の停戦から37年の「シナ事変」まで4年の平和があるが、
イメージとして15年(14年)まるまる戦争してたかの印象が残る。

石原は日蓮の影響が濃く、独自のトーナメント式「世界最終戦争論」があった。
東條を批判し、左遷され、戦犯にならずにすんだ。

近衛文麿の責任は番組の趣旨ではないので、石原が「巨悪」になってしまっている。


元々、満州は女真族の土地だったので、絶対悪の侵略とは言えなくとも、
欺瞞的ではある。が、そもそも「完全なる利他」のために自国民を犠牲にする戦闘行為をしていいのかという問題もある。

福田和也氏はもう少し、「地ひらく」のように熱く語ってほしかったですね。

----

番組ではチラッと近衛文麿の名がでてきたが、
「シナ事変」の責任は近衛に帰すべきもので、
下剋上の暴走という「スイッチ」を押した石原が「悪い」となっている。

近衛は日本の軍隊を国民党と戦わせ消耗させた。

近衛は京大で河上肇からマルクス経済学を学んでいる。
頭の中から神と良心を失い、反英米親ソとなる。

石原は陸軍幼年学校と日蓮宗で神はいないが、純粋に故郷を愛し守ろうとした。
だから「シナ事変」に不拡大で、南下は反対だった。

が、石橋湛山も日蓮宗だが、反共意識は希薄だったので、
この辺は人それぞれでしょう。


----
本日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-04-02


プロF 陸軍 石原莞爾(いしわら かんじ)20161208 投稿者 okura1919ppp


地ひらく―石原莞爾と昭和の夢

地ひらく―石原莞爾と昭和の夢




タイムスクープハンタースペシャル「お正月パニック!改暦大騒動(明治時代)」 [映像]

(2015日)主人公は2015年元旦にトラブルでタイムワープした。
そこで1月のカレンダーを手にしたが、そのまま再度トラブルにより時空を移動。

来たのが明治6年元旦だった。

その日は明治5年12月2日を太陽暦の初日とした日だった。
急な明治政府の変更により一般にはカレンダーは出回ってなかった。
暦業者が大変だった。

また、大晦日がなかったため、その他商売での不具合もあった。
あわただしい正月の様子の回だった。


それはそれで面白かったが、
主人公が暴行を受け所持品を奪われるというトラブルは一度見てみたかったので、
この件も満足する。

このシリーズを見続けるなら、今回の最終回はマストでしょう。

----

旧暦では明治6年が13か月だったが1か月分払わなくて済んだ。
12月の2日分も切り捨てた。
明治政府の考えることは「合理的」だったがヤラシかった。

開国により、カレンダーを合わせるというのは必然だったが、
移行期の様子を映像で見ることができたのは有意義でした。

----
本日の↓投稿に追加
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-03-27


お正月パニック!改暦大騒動 タイムスクープハン... 投稿者 kokutaigoji