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第66章 1-24 神に背いた末路 [イザヤ書]

最終章だが特別のことは書かれていない。


24
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"They shall go forth, and look on the dead bodies of the men who have transgressed against me: for their worm shall not die, neither shall their fire be quenched; and they will be loathsome to all mankind."
「彼らは出て、わたしにそむいた人々のしかばねを見る。そのうじは死なず、その火は消えることがない。彼らはすべての人に忌みきらわれる」。
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最終節、2つのグループに分けられる。
報復は、神に背いた者に死を与える。当然の末路が用意される。
私は特定の教会に通っておらず、不特定の教会を廻っているが、
礼拝は真面目に通ってはいる。あまり説教を聞けてないが、かろうじて許されているのでしょう。

第65章 1-25 先祖との連帯責任 [イザヤ書]


7
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your own iniquities, and the iniquities of your fathers together," says Yahweh, "who have burned incense on the mountains, and blasphemed me on the hills; therefore will I first measure their work into their bosom."
彼らの不義と、彼らの先祖たちの不義とを共に報い返す。彼らが山の上で香をたき、丘の上でわたしをそしったゆえ、わたしは彼らのさきのわざを量って、そのふところに返す」と主は言われる。
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先祖の罪が子孫に及ぶ。
理不尽のようであるが、神視点からは当然と言える。

第64章 1-12 自業自得とはいえ、 [イザヤ書]


12
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Will you refrain yourself for these things, Yahweh? Will you hold your peace, and afflict us very severely?
主よ、これらの事があってもなお、あなたはみずからをおさえ、黙して、われわれをいたく苦しめられるのですか。
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神から離れた自業自得で苦しみを与えられたが、
いつまでも、罰を与えないでください、という哀願だろう。

とことんまで苦しまなければならないのかもしれない。
祈るしかないのでしょう。

第63章 1-19 再臨イエス登場地 [イザヤ書]

1
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Who is this who comes from Edom, with dyed garments from Bozrah? this who is glorious in his clothing, marching in the greatness of his strength? "It is I who speak in righteousness, mighty to save."
「このエドムから来る者、深紅の衣を着て、ボズラから来る者はだれか。その装いは、はなやかに、大いなる力をもって進み来る者はだれか」。「義をもって語り、救を施す力あるわたしがそれだ」。
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エドムと指定しているが、別の地で誕生してエドムに向かうのか分からない。

聖書の再臨は一度と言うが、私は何度も遊びにきているのではないかと思う。
歴史上の人物にキリスト精神が宿ることはしばしばある。
が、霊能力はないので本当のところは分からない。

第62章 1-12 捨てられない町と言うが [イザヤ書]

エルサレムの章であり、シオニストのメインテキストらしい。

12
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They shall call them The holy people, The redeemed of Yahweh: and you shall be called Sought out, A city not forsaken.
彼らは『聖なる民、主にあがなわれた者』ととなえられ、あなたは『人に尋ね求められる者、捨てられない町』ととなえられる」。
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ユダヤ教ではイエスをキリストと認めないが、
聖書では、神さまは見捨ててはいない。
イエスは、再臨にあたり、現在の中東をどう考えるのだろうか。

第61章 1-11 恵みの年と報復の日 [イザヤ書]

1-2
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The Spirit of the Lord Yahweh is on me; because Yahweh has anointed me to preach good news to the humble. He has sent me to bind up the brokenhearted, to proclaim liberty to the captives, and release to those who are bound;
to proclaim the year of Yahweh's favor, and the day of vengeance of our God; to comfort all who mourn;
主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、 主の恵みの年とわれわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、
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貧者に福音を述べ伝えるのは初臨イエスで、「恵みの日」にあたり、
「報復の日」は再臨イエスだそうだ。

物騒だが、報復抜きに悲しむ者を慰めることはできない。
凶悪犯罪の遺族の無念でも明らかだが、日本の土曜ドラマの「死んだ○○さんは喜ばない」は通じない。

第60章 1-22 再臨イエスの試練 [イザヤ書]

20
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Your sun shall no more go down, neither shall your moon withdraw itself; for Yahweh will be your everlasting light, and the days of your mourning shall be ended.
あなたの太陽は再び没せず、あなたの月はかけることがない。主がとこしえにあなたの光となり、あなたの悲しみの日が終るからである。
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メシア再臨後の千年王国の章。この「あなた」は再臨イエスでしょう。
悲しみの日を歩むようだ。

か、単にイスラエルの民を指すのかもしれない。

が、イエスが聖書を読むことを前提としていたように、再臨イエスも読むことを前提にしているのかもしれません。

第59章 1-21 不義の世界 [イザヤ書]

15
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Yes, truth is lacking; and he who departs from evil makes himself a prey. Yahweh saw it, and it displeased him that there was no justice.
真実は欠けてなく、悪を離れる者はかすめ奪われる。主はこれを見て、公平がなかったことを喜ばれなかった。
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神なき世界は悲惨だった。
日本でも生まれた場所により、正義が通じないところもあるだろう。
が、どうあろうが、個人が聖書に気づくしかないのでしょう。

第58章 1-14 真の断食 [イザヤ書]

3
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'Why have we fasted,' say they, 'and you don't see? Why have we afflicted our soul, and you take no knowledge?' "Behold, in the day of your fast you find pleasure, and exact all your labors.
彼らは言う、『われわれが断食したのに、なぜ、ごらんにならないのか。われわれがおのれを苦しめたのに、なぜ、ごぞんじないのか』と。見よ、あなたがたの断食の日には、おのが楽しみを求め、その働き人をことごとくしえたげる。
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断食が儀式となってしまい、目的が私欲となれば神さまは聞いて下さらない。
また、断食のために他の働き人を酷使することになってもいけない。

卑近な例えだと、労働運動のようなもので、
連合は非正規のことなぞ考えないようなものでしょう。

第57章 1-21 心砕ける者に [イザヤ書]

15
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For thus says the high and lofty One who inhabits eternity, whose name is Holy: "I dwell in the high and holy place, with him also who is of a contrite and humble spirit, to revive the spirit of the humble, and to revive the heart of the contrite.
いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖ととなえられる者がこう言われる、「わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕ける者の心をいかす。
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初めの頃より、ブログをご覧くださってる方はご存知でしょうが、
2010年4月がそんな状態でした。
その時に主を求めました。応えてくださいました。
が、それが主からとは確信できず、偶像に戻ってしまいました。
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