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第34章 1-12 モーセ、万感の最期 [申命記]


モーセは最期をピスガの山頂で過ごした。
ピスガは700m級の山で、ガリラヤの方に1000m級の山があるようだ。

しかし、見えないはずの地までヤーヴェは見せたという。

4
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Yahweh said to him, "This is the land which I swore to Abraham, to Isaac, and to Jacob, saying, 'I will give it to your seed.' I have caused you to see it with your eyes, but you shall not go over there."
そして主は彼に言われた、「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」。
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幽体離脱かもしれない。

ヤーヴェはモーセを空高くまで連れて行き、見せたのだろう。

私は、この章を読むまでは、モーセのカナンの地を踏まない死は
悲しすぎる残酷な話だと、暗い気持ちでした。

しかし、最期に空高く全地を見渡せたなら、ヨシュアに託したこともあり、
万感の思いだったのではないかと考えるに至りました。


イエスと比較して格が違うとか、そうかもしれないが、
イエスはモーセの律法を前提としていたのであり、
他人事のように人物比べをするものではない。

一人の大預言者の全人生と全人格に感謝したい。

第33章 1-29 最強支族 [申命記]

戦闘の最強は、

17
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The firstborn of his herd, majesty is his. His horns are the horns of the wild ox. With them he shall push all of the peoples, to the ends of the earth: They are the ten thousands of Ephraim. They are the thousands of Manasseh."
彼の牛のういごは威厳があり、その角は野牛の角のよう、これをもって国々の民をことごとく突き倒し、地のはてにまで及ぶ。このような者はエフライムに幾万とあり、またこのような者はマナセに幾千とある」。
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エフライムのようだ。
日本の武将で言えば、義経だろう。


第32章 1-52 モーセの歌 [申命記]


子どもも含めて皆が歌う歌としての歌詞だろう。

長い歌がヤーヴェから与えられた。

最後の結び。

43
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Rejoice, you nations, with his people, for he will avenge the blood of his servants. He will render vengeance to his adversaries, And will make expiation for his land, for his people.
国々の民よ、主の民のために喜び歌え。主はそのしもべの血のために報復し、その敵にあだを返し、その民の地の汚れを清められるからである」。
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最後は報復である。
血生臭いが、これなくしては生き残れなかった。
この神から与えられた確信がなければ、民族は団結できず負けてしまうのでしょう。

第31章 1-30 契約の箱をかつぐレビ人 [申命記]

モーセは言った。

24-26
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It happened, when Moses had made an end of writing the words of this law in a book, until they were finished, that Moses commanded the Levites, who bore the ark of the covenant of Yahweh, saying,
"Take this book of the law, and put it by the side of the ark of the covenant of Yahweh your God, that it may be there for a witness against you.
モーセがこの律法の言葉を、ことごとく書物に書き終った時、モーセは主の契約の箱をかつぐレビびとに命じて言った、「この律法の書をとって、あなたがたの神、主の契約の箱のかたわらに置き、その所であなたにむかってあかしをするものとしなさい。
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契約の箱をかつぐ人は、かつぐだけでなく中身を見ることが許されているようだ。
チラミが許されているのではなく、読むよう命令されている。

大事なモノを預かるということは、当然、中身にも責任を持つということでしょう。

第30章 1-20 命と死 祝福と呪い [申命記]

神は、命と死、祝福と呪いを用意した。
命だけ、死だけ、祝福だけ、呪いだけ、とはしなかった。

そもそも、片方だけを用意することはできるのだろうか。

人間には、選択する自由を与えた。

19
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I call heaven and earth to witness against you this day, that I have set before you life and death, the blessing and the curse: therefore choose life, that you may live, you and your seed;
わたしは、きょう、天と地を呼んであなたがたに対する証人とする。わたしは命と死および祝福とのろいをあなたの前に置いた。あなたは命を選ばなければならない。そうすればあなたとあなたの子孫は生きながらえることができるであろう。
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自殺も他殺も論外である。


第29章 1-29 神に属すること、人に属すること [申命記]

申命記自体、復習のごとく、これまでのことが書き記されている。
同じことを何度も繰り返す場合もある。


が、29節で、これまでに無い教えが唐突に出現する。

29
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The secret things belong to Yahweh our God; but the things that are revealed belong to us and to our children forever, that we may do all the words of this law. 隠れた事はわれわれの神、主に属するものである。しかし表わされたことは長くわれわれとわれわれの子孫に属し、われわれにこの律法のすべての言葉を行わせるのである。
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全ての発明・発見にも言えることだろう。
まだ分かっていないことは、人間の責ではなく、既知の範囲が人間の責任となる。

当然と言えば、当然だろう。

そこから、人類に絶望してはならないとなる。

第28章 1-68 奴隷の価値もない [申命記]

モアブで結んだ神との契約は、以前と違いカナン制圧前なので、
土地の収穫が想定されいる。

そして、神の教えに従えば「祝福」さもなくば「呪い」となる。

繰り返し、繰り返し、悲惨な状況が説明されている。

68
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Yahweh will bring you into Egypt again with ships, by the way of which I said to you, You shall see it no more again: and there you shall sell yourselves to your enemies for bondservants and for bondmaids, and no man shall buy you.
主はあなたを舟に乗せ、かつてわたしがあなたに告げて、『あなたは再びこれを見ることはない』と言った道によって、あなたをエジプトへ連れもどされるであろう。あなたがたはそこで男女の奴隷として敵に売られるが、だれも買う者はないであろう」。
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最後は、奴隷の価値も無いとされる。

ここには書いてないが、奴隷商に殺されるということなのだろう。

第27章 1-26 12の呪いの言葉 [申命記]


ヨルダン川東岸、カナン制圧前に、モーセはイスラエルに言う。

川を渡った後に、6部族ごとに山に登らせ、
祝福チームと呪いのチームに分ける。

そこで言うべき言葉は、12の呪いだった。


そして、「アーメン」と同意しなければならない。

26
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Cursed is he who doesn't confirm the words of this law to do them.' All the people shall say, 'Amen.'"
『この律法の言葉を守り行わない者はのろわれる』。民はみなアァメンと言わなければならない。
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12番目が26節となり、律法を守らねば呪われるとある。

せっかく2チームに分けたのに、祝福の言葉は一切なく全てが呪いだった。

どうも、「祝福」はキリスト登場までのお預けのようだ。

第26章 1-19 死人に供えるな [申命記]

私は墓参りは、ちょくちょくしてたものの、
形は無頓着だった。

特に食べ物を供える感覚はなかった。
手ぶらで花の水を換えるだけのこともよくあった。

しかし、キリスト教では正解のようだった。

14
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I have not eaten of it in my mourning, neither have I put away of it, being unclean, nor given of it for the dead: I have listened to the voice of Yahweh my God; I have done according to all that you have commanded me.
わたしはその聖なる物を喪のうちで食べたことがなく、また汚れた身でそれを取り出したことがなく、また死人にそれを供えたことがありませんでした。わたしはわたしの神、主の声に聞き従い、すべてあなたがわたしに命じられたとおりにいたしました。
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死人に手を合わせたり、供えるなぞ、もってのほかとなる。

そうだな、と思う。

第25章 1-19 不正するな [申命記]

この章も複数の規定がある。

鞭打ちは40回まで。
レビラート婚。

これも保護の観点からきている。

神の考えと理解するしかない。


13-14
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You shall not have in your bag diverse weights, a great and a small.
You shall not have in your house diverse measures, a great and a small.
あなたの袋に大小二種の重り石を入れておいてはならない。
あなたの家に大小二種のますをおいてはならない。
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売買や貸し借りの時に不正を行ってはならないということらしい。

聖書は不正を嫌っている。神の言葉だから当然である。
聖書を離れるということは、不正や悪に鈍感となる。


ただし、同胞間という条件がつく場合が多いだろう。
それは全ての共同体に言えることではあろうが。