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第6章 1-24 パウロと奴隷 [エペソ書]

パウロは奴隷制度を否定しなかった。
そもそも、この時代はまだ否定する段階ではなかった。

その上で、パウロは奴隷の態度や主人の態度のあり方を語った。

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And masters, treat your slaves in the same way. Do not threaten them, since you know that he who is both their Master and yours is in heaven, and there is no favoritism with him.
主人たち、同じように奴隷を扱いなさい。彼らを脅すのはやめなさい。あなたがたも知っているとおり、彼らにもあなたがたにも同じ主人が天におられ、人を分け隔てなさらないのです。
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社会の現実をまず肯定した上で、共に幸福を感じれるようにしようとした。

「真のヒューマニストは冷徹なリアリスト」と誰かが言った言葉だが、
パウロがそうだったのかもしれません。

第5章 1-33 バレて、、、 [エペソ書]

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But everything exposed by the light becomes visible,
しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます。
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悪は夜や闇を好み光を避ける。
高校生がタバコを吸おうが、後で笑える程度ならまだいい。
現実を生きるにおいて、その線の内側でないと、
恥をかくでは済まなくなるのでしょう。

第4章 1-32 怒っていい [エペソ書]

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"In your anger do not sin" : Do not let the sun go down while you are still angry,
怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。
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瞬間的な怒りでさえ、煩悩に支配されているという考え方もある。
しかし、パウロはそうは考えなかった。
それが自然でしょう。

第3章 1-21 聖なる祈り [エペソ書]

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For this reason I kneel before the Father
こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。
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礼拝にて、皆が立って祈っている際、一人でもひざまずいて祈る方がいる。
何となく違和感がありましたが、パウロもしていたのですね。
聖書の別の箇所で「見せびらかせて祈るな」もあったと記憶しますが、
自然な動作ならいいのでしょうね。

第2章 1-22 神が宿る [エペソ書]


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And in him you too are being built together to become a dwelling in which God lives by his Spirit.
キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。
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スポーツ職人芸の世界でよく使われる表現ですが、
聖書の考えにもあり「へ~」です。

一神教ではあるが、各々が神の住まいとなる。
イメージできるが理屈で説明するとなると私には難しい。


第1章 1-23 使徒と囚人 [エペソ書]

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Paul, an apostle of Christ Jesus by the will of God, To the saints in Ephesus, the faithful in Christ Jesus:
神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロから、エフェソにいる聖なる者たち、キリスト・イエスを信ずる人たちへ。
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挨拶の冒頭が「使徒」の場合と「囚人」の場合がある。


ピレモン書1-1
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Paul, a prisoner of Christ Jesus, and Timothy our brother, To Philemon our dear friend and fellow worker,
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「使徒」は公的性質を有する書簡で、「囚人」は個人に宛てた手紙のようである。
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