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第139篇~第150篇 [詩篇]


150:6
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息のあるすべてのものに主をほめたたえさえよ。
主をほめたたえよ。
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最終篇最終節。

最後は、あらゆる手段で、あらゆる被造物に、
主をほめたたえよ、と歌う。

ラッパ、たて琴、琴、鼓、踊り、緒琴、笛、
音の高いシンバル、鳴りひびくシンバルを使えと言う。

私の教会のイメージは静かな祈り、だったが、
ヘブライ語聖書では、派手派手しく賛美することが良いようだ。

恐れの裏返しでもあるのでしょうが、
賛美に音楽を取り入れたダビデ時代の陽気な詩なのでしょう。

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第132篇~第138篇 [詩篇]

137:9
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あなたのみどりごを取って
岩になげうつ者はさいわいである
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バビロンへの仕返しの詩である。
同害報復だが、これが原理でしょう。
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第120篇~第131篇 [詩篇]

124:1-3
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今、イスラエルは言え、
主がもしわれらの方におられなかったならば、
人々がわれらに逆らって立ちあがったとき、
主がもしわれらの方におられなかったならば、
彼らの怒りがわれらにむかって燃えたったとき、
彼らはわれらを生きているままで、のんだであろう。
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神の存在は自明であるが、神に見捨てられたかどうかの判断は、
慎重でなければならない。

敵が立ちあがったことや、敵の怒りが自分に向けられたことで、
即断してはならず、それでも生きていることで、感謝しなければならない。

神を賛美し祈ることでしか、平安はない。
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第113篇~第119篇 [詩篇]

確認せず、113~119の7篇を本日分と設定したが、後悔してしまった。
聖書を開くと第119篇が長かった。
これまで長くても2ページ程度だったが、今回、何回めくっても、
終わりがなかった。
第119篇だけで10ページ176節だった。

内容は、アルファベット詩篇と言われるものだったが、
日本語訳では無意味だった。よって、そういう盛り上がりがない。


一方、第117篇が、これまでの最短だろう。

117:1-2
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もろもろの国よ、主をほめたたえよ。
もろもろの民よ、主をたたえまつれ。
われらに賜わるそのいつくしみは大きいからである。
主のまことはとこしえに絶えることがない。
主をほめたたえよ。
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評論する知識はないが、オーソドックスな詩でしょう。
いい詩だと思いますね。


あぁ、主よ、後悔してしまった罪をお許しください。

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第106篇~第112篇 [詩篇]

ダビデの歌で、イエスを登場させることを示唆している。


110:4
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主は誓いを立てて、み心を変えられることはない、
「あなたはメルキゼデクの位にしたがって
とこしえに祭司である」。
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神が、メシアを地に登場させる。
永遠の祭司とするとある。
メルキゼデクは確か素性が一切分からないが、
アブラムは膝をついて10分の1を納めたと記憶する。

その権威がメルキゼデクにあった。

この110篇の解説をかなり前に聞いたことはあった。
が、忘れてしまっている。

第22篇と共に大事な箇所なのでしょう。

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第99篇~第105篇 [詩篇]

105:15
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言われた、「わが油そそがれた者たちに
さわってはならない、
わが預言者たちに害を加えてはならない」と。
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この神の命令は、記憶にない。
当時の人間は、この105篇を知っていようがいまいが、

神が油注いだ人間、預言者に危害を加えることが、
神への反逆だということ位は、容易に考えれた。


が、異邦人にとっては、知ったことではない。
また、偶像に走った王にとっては、小うるさい知識人にすぎず、
また、自覚していない偽預言者集団からも煙たがられたのでしょう。

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第92篇~第98篇 [詩篇]

98:9
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主は地を裁くために来られるからである。
主は義をもって世界をさばき、
公平をもってもろもろの民をさばかれる。
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旧約時代のメシア像だったのでしょう。
一方、イエスの磔刑を示唆した聖句もあるので、
ローマ属州のユダヤ人にとって望むメシアは、
現実を助けてくれる人だった。

使徒たちの願望もそうだった。

預言者は神の言葉を預かるが、
神の次元では時間が存在しない。
神は、初臨が無い段階で、再臨のことも預言者に残された。

読む人間は、この9節をメシア像と読むが、
イエスが読めば、当然に、初臨と再臨を区別して読んだということでしょう。
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第85篇~第91篇 [詩篇]

88:6
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あなたはわたしを深い穴、
暗い所、深い淵に置かれました。
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「私は悪くない」と言っている。
確かに、親たちが反乱を起こしたので、
生き残りの者にすれば、肩身が狭くなるのは当然だ。

肩身の問題どころではなく、テロ集団関係者となるので、
かなり厳しく扱われるのが現実社会でしょう。

が、彼らにとったら祈り、仕事に励むしかない。
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第78篇~第84篇 [詩篇]


第84篇冒頭にコラの子の歌とある。

そして、

84:3-4
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あなたの祭壇のかたわらに
わがすまいを得させてください。
あなたの家に住み、
常にあなたをほめたたえる人はさいわいです。
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レビ族の発想だが、コラの子にとっては切実な思いがこもっている。

アロンやモーセに反逆した罰で親たちが殺され、
残った者にとっての必死さが想像される。
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第71篇~第77篇 [詩篇]

第72篇の冒頭に「ソロモンの歌」とある。

が最終節

72:20
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エッサイの子ダビデの祈りは終わった。
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とあり、笑ってしまった。

冒頭の1節で

72:1
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神よ、あなたの公平を王に与え、
あなたの義を王の子に与えてください。
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ここで、普通は、ソロモンも親らしく子のために歌ったのだ。
と、晩年の偶像礼拝や、妻子の数は置いといて、見直したのだが、
最後にわざとらしく、「エッサイの子ダビデ」と言っているので、
これは、笑いを取りにいった歌なのでしょうね。
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