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第22章 1-21 キリストの再臨 [黙示録]

(創世記)            (黙示録)
天地の創造           新天新地の創造
人類の創造           新人類の創造(復活)
サタンの活動の始       サタンの活動の終焉
神と人との分離(罪、詛)   神と人との共存(義、救)
楽園の喪失           楽園の恢復
キリスト支配の預言      キリスト支配の実現

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黒崎が整理しているが、見事に創世記と黙示録が対応しており、
新約の最後に黙示録で締めくくっているのも偶然ではない。


要義
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本書は一見難解なるがごときも、神、サタン、社会、人間、自然の姿をその絶対的の立場において眺むる時、換言すればこの宇宙、人生の凡てを神の御座より眺むる時やがて万物はこの書に示さるるごとき運命に立たなければならないことを知ることができる。而してかかる絶対的境地より万物を観察することは迫害と苦難の下にありて最も真実なる心持となれるキリスト者において始めて可能である。
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黒崎は黙示録をこう捉える。
私も一度読んだのみで理解していないが、黒崎の言う通りだと思います。


14
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"Blessed are those who wash their robes, that they may have the right to the tree of life and may go through the gates into the city.
命の木に対する権利を与えられ、門を通って都に入れるように、自分の衣を洗い清める者は幸いである。
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子羊の血で洗った白い衣を着ること。合わせて、噛み締める言葉でしょう。


21
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The grace of the Lord Jesus be with God's people. Amen.
主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。
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パウロの書簡と類似の形式のようだ。


一度読んで理解するといったシロモノではありませんね。
福音書や書簡・旧約といった全体を通さないと理解できないのでしょう。

黒崎の要義に尽きますね。
1つ終えると、しみじみとなりますね。

第21章 1-27 神殿 [黙示録]

前章までに、竜や2匹の獣といったサタンは滅び、「命の書」に名の無き者も滅ぶ。
そして、この章で新しきエルサレムが登場する。

神がヨハネの想念に見せたエルサレムは純金でできた立方体の都市で、
その他、宝石で飾られている様子が記述される。

22-23
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I did not see a temple in the city, because the Lord God Almighty and the Lamb are its temple.
The city does not need the sun or the moon to shine on it, for the glory of God gives it light, and the Lamb is its lamp.
わたしは、都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。
この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。
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神殿がなく、神と子羊が神殿だと言う。
そして、太陽と月を神とキリストの関係にするのは、キリストが月であるのは不適当なので、栄光と明かりで対応させたとの黒崎の解説に「なるほど」と参る。
文学的センスに欠ける私としては、一つ一つが脱帽状態である。


前章までの暗く重い話から、一変する。
しみじみとこの章を読み終えました。

第20章 1-15 生命の書 [黙示録]

15
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If anyone's name was not found written in the book of life, he was thrown into the lake of fire.
その名が命の書に記されていない者は、火の池に投げ込まれた。
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「命の書」があり、そこに名のある者は永生を得る。
無くとも行いにより書き加えられ、あっても行いにより消されることもあるようだ。

「命の書」はあるが「死の書」はない。
これは、今生を生きる者への希望を失わせないための神の配慮だと黒崎幸吉は言う。

その通りだと思う。
ヨハネの想念は神が与えしモノであるから当然といえば当然である。


自分の名が書かれているか確かめる方法はないだろうか。
黙示録を読んだ人は誰しも考える愚問だろう。
が、実は皆、肌で分かっているのもまた事実なのでしょうね。

第19章 1-21 天使礼拝 [黙示録]

ヨハネが勝手に天使を拝もうとしたら、天使が諌めるという節。

10
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At this I fell at his feet to worship him. But he said to me, "Do not do it! I am a fellow servant with you and with your brothers who hold to the testimony of Jesus. Worship God! For the testimony of Jesus is the spirit of prophecy."
わたしは天使を拝もうとしてその足もとにひれ伏した。すると、天使はわたしにこう言った。「やめよ。わたしは、あなたやイエスの証しを守っているあなたの兄弟たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ。イエスの証しは預言の霊なのだ。」
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これが本質でしょう。
あれこれ偶像を拝むことを了解している教えとは明らかに異なる。

それが、教義や発言の純度に影響を与えるのでしょうね。
私の浅学では、キリスト教に限らず一神教では、論理の純度は高い。

余計な邪念が混じらずロジカルだという意味ですが、
キリスト教は「良心」をベースにして論理が構築される。

一方、多種の神や仏像を拝む場合は、発言の論理性や良心など重視されない。
しかし、ヘンに物に対する執着があるため「モノ造り」に強い。

仮面ライダーの敵である「ショッカー」という組織は、
規律正しく働き者で、次々と新兵器を開発して仮面ライダーに立ち向かう。
(よく覚えていませんが)
え~、どこかの国みたいですね。
建前労基法の過剰労働時間で改良好きですか。
これ、誰かも言ってたかもしれません。たぶん受け売りのような気がします。
どなたでしたっけ?

第18章 1-24 倍返し! [黙示録]

6-7
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Give back to her as she has given; pay her back double for what she has done. Mix her a double portion from her own cup.
Give her as much torture and grief as the glory and luxury she gave herself. In her heart she boasts, `I sit as queen; I am not a widow, and I will never mourn.'
彼女がしたとおりに、/彼女に仕返しせよ、/彼女の仕業に応じ、倍にして返せ。彼女が注いだ杯に、/その倍も注いでやれ。
彼女がおごり高ぶって、/ぜいたくに暮らしていたのと、/同じだけの苦しみと悲しみを、/彼女に与えよ。彼女は心の中でこう言っているからである。『わたしは、女王の座に着いており、/やもめなどではない。決して悲しい目に遭いはしない。』
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彼女とはローマの都を指す。
ローマというサタンに支配された都市の統治で受けたことを仕返すようだ。

ローマも滅ぶ。滅ぶに際して、自らが行った報いをそのまま与えてやれということだ。

どこにも、「右の頬を殴られたら左の・・・」という発想はない。
それは人に対してであって、この黙示録18章は都市ローマに対しての神罰だからだろう。
黒崎幸吉は言う。「神の正義は不公正を許容し給わないからである」

力強い解説である。

第17章 1-18  内部崩壊 [黙示録]

16
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The beast and the ten horns you saw will hate the prostitute. They will bring her to ruin and leave her naked; they will eat her flesh and burn her with fire.
また、あなたが見た十本の角とあの獣は、この淫婦を憎み、身に着けた物をはぎ取って裸にし、その肉を食い、火で焼き尽くすであろう。
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この淫婦はローマ市のことを指している。獣と十本の角はローマの王と諸侯を指しているようだ。

竜や獣はサタンであり、都市は母体を意味するようである。

当時のローマの状態でもあり、古今東西のサタンに支配された都市や文化の必然なのだろう。

17
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For God has put it into their hearts to accomplish his purpose by agreeing to give the beast their power to rule, until God's words are fulfilled.
神の言葉が成就するときまで、神は彼らの心を動かして御心を行わせ、彼らが心を一つにして、自分たちの支配権を獣に与えるようにされたからである。
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それも、神の国の実現のため、悪役も設定されたということだ。

これが紀元1世紀に登場した悪の自己崩壊の歴史観なのでしょうか。
それともヨハネ以前にもあったのでしょうかね。
読みすすめると疑問が膨らんでくるものですね。

第16章 1-21  苦難のループ [黙示録]

16-17
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Then they gathered the kings together to the place that in Hebrew is called Armageddon.
The seventh angel poured out his bowl into the air, and out of the temple came a loud voice from the throne, saying, "It is done!"
汚れた霊どもは、ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に、王たちを集めた。
第七の天使が、その鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から大声が聞こえ、「事は成就した」と言った。
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この後に、18節から天変地異がおき、海の島や地の山が消えてしまう。

この第7の金の鉢の前の段階でループが起こるようだ。
黒崎幸吉氏の解説では、第7の封印の中でのラッパと金の鉢は以下のように対応している。

第一 地
第二 海
第三 川
第四 天体
第五 サタン
第六 ユーフラテス川

そして、第六の金の鉢が終われば、また第一のラッパからループする。
もはや最期の苦難と思っても、そうではないこともある。
耐え難く安心できない。

ヨハネの歴史観であるが、整然としており単に適当に書いた訳ではないだろが、
読んでいて気分が明るくなるものではない。俄には信じがたい。

第15章 1-8 神の怒りの序曲 [黙示録]

7つの鉢が登場する。
黙示録の構造は、7つ目の封印の中に7つのラッパがあり、その最後のラッパに更に7つの金の鉢があるようである。

7は完成を表す数字で4と3に分けられ、4は地の数、3は天の数であった。

7つのラッパの内、5・6・7のラッパが禍であるようだ。

そして、第7のラッパの中に7つの金の鉢がある。これが「神の怒り」である。

7
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Then one of the four living creatures gave to the seven angels seven golden bowls filled with the wrath of God, who lives for ever and ever.
そして、四つの生き物の中の一つが、世々限りなく生きておられる神の怒りが盛られた七つの金の鉢を、この七人の天使に渡した。
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神の怒りで満たされた金の鉢が天使に渡され、すべての苦難が襲い掛かるようだ。
サタンが暴れる苦難もあれば、神の憤りによる苦難もある。

どういう区別なのだろうか。
権力者の横暴はサタンの仕業で、天災なら神からの苦難なのだろうか。

次章からその神の苦難が明らかにされるようだが、わくわくしないですね。

第14章 1-20 in the Lord [黙示録]

13
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Then I heard a voice from heaven say, "Write: Blessed are the dead who die in the Lord from now on." "Yes," says the Spirit, "they will rest from their labor, for their deeds will follow them."
また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」“霊”も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」
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第12・13章はサタンの迫害だったが、この章は子羊の勝利であり救いの章である。
この13節の「in the Lord」「主によりて」というのはパウロの好んだ語らしい。
人により癖があるようだ。

11節に遡る。
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And the smoke of their torment rises for ever and ever. There is no rest day or night for those who worship the beast and his image, or for anyone who receives the mark of his name."
その苦しみの煙は、世々限りなく立ち上り、獣とその像を拝む者たち、また、だれでも獣の名の刻印を受ける者は、昼も夜も安らぐことはない。」
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「those who worship the beast and his image」
偶像を崇拝する者の行く末である。

日常生活の習慣になっているくだらないこだわりも、こうしてみると偶像崇拝にあたるのやもしれない。
私は少し潔癖症なのか手を洗うほうだが、これはパリサイ立法主義のきらいがある。
これが獣の刻印なのかは分からないが、肉に囚われるのが一番いけないのだろう。

第13章 1-18 666 [黙示録]

17-18
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so that no one could buy or sell unless he had the mark, which is the name of the beast or the number of his name.
This calls for wisdom. If anyone has insight, let him calculate the number of the beast, for it is man's number. His number is 666.
そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。
ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。
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この章は、竜と2匹の獣が登場する。
彼らサタンに支配された人々は右手か額に刻印をしなければならない。

その数字が666である
これはヨハネの存命中の紀元1世紀ローマ帝国の時代で、
ネロ帝のことだそうだ。

文字に数字が当てはめられていたらしい。
ヘブル文字は NRON KSR でそれぞれ 50+200+6+50:100+60+200

ネロは666でピンとこなかったのだろうか。
もっともヨハネのことは眼中になかったのやもしれない。

下のネロは穏やかな表情だが、自分を神としている表情でもある。
日本の権力者も同じように見えますね。

666.JPG