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第19章 1-14 譬え話 [エゼキエル書]

直接的な表現は憚られる場合、比喩を用いる。

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But it was plucked up in fury, it was cast down to the ground, and the east wind dried up its fruit: its strong rods were broken off and withered; the fire consumed them.
しかしこのぶどうの木は憤りによって抜かれ、地に投げうたれ、東風がそれを枯らし、その実はもぎ取られ、その強い幹は枯れて、火に焼き滅ぼされた。
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国が亡びるだの、敗戦するだの、言論統制の対象となる。

「ぶどうの木」が「焼き滅ぼされる」というのは
まさに未来予測であり、口にできないことでしょう。

比喩を理解するのは難しいが、無視しえないですね。

第18章 1-32 親の罪と罰 [エゼキエル書]

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The soul who sins, he shall die: the son shall not bear the iniquity of the father, neither shall the father bear the iniquity of the son; the righteousness of the righteous shall be on him, and the wickedness of the wicked shall be on him.
罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。
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確か、3世代後まで罪が及ぶ記述があった記憶がある。

ここでは負わないことになっているが、
その子が義人ならば救われるが、非常に苦労することは避けられないのでしょう。



第17章 1-24 契約を軽んじる [エゼキエル書]

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Therefore thus says the Lord Yahweh: As I live, surely my oath that he has despised, and my covenant that he has broken, I will even bring it on his own head.
それゆえ、主なる神はこう言われる、わたしは生きている、彼がわたしの誓いを軽んじ、わたしの契約を破ったことを、必ず彼のこうべに報いる。
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ゼデキア王のことだろう。バビロニアの圧力に対抗するために、
エジプトと同盟を結んだ。

戦時に共に戦うことと、国内での風習の相互容認とセットだったのでしょうが、
ヤーヴェを信じていれば異教国との同盟は不必要で霊的姦淫だった。

そのような異教と同盟関係と言おうが頼りになるものではなく、
軽んじられて、本気で戦ってくれるはずもなかった。

神を軽んずることは自分も軽く扱われ死に至るということだった。

第16章 1-63 霊的姦淫 [エゼキエル書]

エルサレムの町を遊女にたとえ、エジプトなど周辺諸国と同盟を結び、
安全保障の強化を図ったが、同時に異教の風習を内部に入れることを許した。

これが霊的姦淫だそうだ。

その糾弾、罰が、バビロン捕囚となる。

59-60
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For thus says the Lord Yahweh: I will also deal with you as you have done, who have despised the oath in breaking the covenant.
Nevertheless I will remember my covenant with you in the days of your youth, and I will establish to you an everlasting covenant.
主なる神はこう言われる、誓いを軽んじ、契約を破ったあなたには、あなたがしたように、わたしもあなたにする。
しかしわたしはあなたの若き日に、あなたと結んだ契約を覚え、永遠の契約をあなたと立てる。
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しかし、神は赦してくださった。

第15章 1-8 火あぶりにする [エゼキエル書]

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Therefore thus says the Lord Yahweh: As the vine tree among the trees of the forest, which I have given to the fire for fuel, so will I give the inhabitants of Jerusalem.
それゆえ主なる神はこう言われる、わたしが森の木の中のぶどうの木を、火に投げ入れて焼くように、エルサレムの住民をそのようにする。
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剣で殺す、餓死させる、いろいろあるだろうが、
火あぶりは十字架よりははるかに短時間で死ねるが残酷である。

人権弾圧に対して抗議の意味で焼身自殺を図るケースもあるが、
そういう状況になったこと自体が神への背信行為の結果としてしまえば、
身も蓋もない。
世俗では、その抑圧された者の立場での論理をまず受け止めるべきでしょう。

天使にラブ・ソングを [映画]

(1992米)昔、見ましたが、これは楽しかったですね。
これはいい作品でした。




第14章 1-23 騙す者と騙される者 [エゼキエル書]

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They shall bear their iniquity: the iniquity of the prophet shall be even as the iniquity of him who seeks him;
彼らはその罰を負う。その預言者の罰は、問い求める者の罰と同様である。
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偽預言者は当然に罰を受ける。
神から離れれば、その判断すらできず、目の前の人々にウケる言葉を発するのでしょう。が、その言葉を真に受ける者も同罪のようだ。

現代でもカルト信者も騙されたとはいえ、
拉致されて薬を打たれたワケでもなかったら、
自ら足を運んで信じたのですから、被害者とは言えないでしょう。

第13章 1-23 偽りの平和 [エゼキエル書]

神の言葉と称して、自分の感情で語る預言者がいたようだ。


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Because, even because they have seduced my people, saying, Peace; and there is no peace; and when one builds up a wall, behold, they plaster it with whitewash: 彼らはわが民を惑わし、平和がないのに『平和』と言い、また民が塀を築く時、これらの預言者たちは水しっくいをもってこれを塗る。
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5年後にバビロン捕囚となるのに、「平和だ。」と言い、
惨禍の警告を発する者に「軍靴の音が聞こえる」と反応したのでしょう。

第12章 1-28 不都合なこと [エゼキエル書]

1回目の捕囚前の出来事で、神はエゼキエルに捕囚時にすることを前もってさせた。

が、人は信じない。

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Son of man, behold, they of the house of Israel say, The vision that he sees is for many day to come, and he prophesies of times that are far off.
「人の子よ、見よ、イスラエルの家は言う、『彼の見る幻は、なお多くの日の後の事である。彼が預言することは遠い後の時のことである』と。
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5年後に捕囚となり現実となる。

預言者の言うことを人々は聞こうとしない。
預言者に限らず都合の悪すぎることは、人は受けいれることがなかなかできないのでしょう。

が、それが神の言葉なら、聞かないことは大罪となる。

その真贋を見極めることは聞く者の義務なのでしょう。

第11章 1-25 石と肉 [エゼキエル書]

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I will give them one heart, and I will put a new spirit within you; and I will take the stony heart out of their flesh, and will give them a heart of flesh;
そしてわたしは彼らに一つの心を与え、彼らのうちに新しい霊を授け、彼らの肉から石の心を取り去って、肉の心を与える。
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肉の心も、肉欲の肉なので、新約で良くないイメージがあったが、
この箇所で明確に石を除いた肉は、良いモノと扱っている。

それでも、イエスをメシアと認めなかったユダヤ人が頑な心を持っているとなるので、
あくまでも相対的なもので、ある集団の特質というようなものは神が与えるものなのでしょうね。